Friday, December 29, 2017

足るを知る者心豊かなり (道徳経 第33章)


<足るを知る者心豊かなり>は、以前に老子の言葉とは知らずに、自己流に訳したもの。原文(知足者富)に忠実なのは<足るを知る者は富む>でこちらが正しいだろう。おそらくもともと経済とか生活が関連していと思う。

原文は

智人者智,自知者明。勝人者有力,自勝者強。知足者富,強行者有志。不失其所者久,死而不亡者壽。中國哲學書電子化計)で道徳経の第33章にある。

実はこのブログ<Rhetorics of Lao Tze>を書き始めたのはこの第33章の出だしの<智人者智,自知者明>のイタリア語版をFace Bookで見たのがきっかけになっている。次のようなコメントを書いた。

Chi conosce gli altri è sapiente, chi conosce se stesso è illuminato.

Lao Tzu


The second half is difficult to understand. When considering the first half which is, in a way, superficial and worldly the second half states the essence in life. Those who illuminate do not talk much about the other people and are busy in polishing themselves.

The second interpretation
The first half is commonly found while the second half is seldom found so it illuminates.

The third interpretation
The first half is as it says. But the second half is not as it says as it is, not easy to do. Lao Tze did not asked us  not to try to do difficult things. Instead he advised us to be as you are. So being as we are is the key to be illuminated from inside, illuminato dentro se stesso.


特に<智人者智,自知者明>の後半が難しい。そこで原文にあったて見たくなった。今の<すぐにつながる>インターネット時代ではすぐに見つかる。さらについでに<知足者富>の原文もみつけた。

後半部のイタリア語訳 chi conosce se stesso è illuminato. は表面的な訳。ここは表面的な訳では意味が通じないと言っていい。

智人者智,自知者明。

文法的には<智人者智>は<人を知る者は智>でChi conosce gli altri è sapiente すなわち<他人を知るものは賢人>でいいが、後半は<知自者明>ではなく<自知者明>なのでchi conosce se stesso è(知自者)にならない。<智人者智>と対比させると知自者明>が正しく、こう解釈したくなる。これに続く<勝人者有力,自勝者強>も同じようなことが言え、<勝人者有力,勝自者強>なら<他人に勝つ者は力が有る(外面的な、外から見える力がある)、自己に勝つ者は強し的な、外から見えない真の強さがある)となり意味が通じるが、原文は<勝人者有力,自勝者強>なのだ。<自強>という言葉が中国語にある。台湾の汽車の名前にあったような気がする。自(みずか)らを強める>というよりは<本質的に、内部から強い、強くなる>といった意味だろう。では<自知者明>はどういう意味なのかを問いたくなるが、一体人は<おのれを知る>ことができるのか?という大問題がある。これは哲学的問題ともいえる。

孫子
彼を知り己を知れば百戦殆うからず

ソクラテス
汝自身を知れ。 出典: ソクラテス 名言. この名言はソクラテスが行動上の標語としていたほど重要な名言である。 自分が無知であることを自覚し、その自覚を持って真の知を得て、正しく行為せよという意味だ。(http://u-note.me/note/47504450)

孫子の方は哲学的というより実践的で、簡単ではないができそうながする。第三者が見るようにできるだけ客観的に自己を見ようと努力する。

ソクラテスの方は哲学的で、特に<自分が無知であることを自覚>するのは努力すれば、あるいは心の持ちようによっては可能だ。老子の<自知者明>の解釈に応用できそう。<自知者明>は<おのずから(自然に)知る者は明るい>と解釈できる。<明るい>は<暗い>の反対でいいだろう。<おのずから(自然に)>は、無理して、努力して知ろうとするのではなく、人にもともとそなわっている<知る能力>で、といった意味だ。これは無為につながる。つまりは<自知者明>は<無為で知る者は明るい>となる。これで老子の言葉の意味に近くならないだろうか?

中国の文革時代だかに<自己批判>というのがあった。多くは外部から強制的に<自己批判>をさせる場合が多かったようで、これは本末転倒だろう。時代により中国人もいろいろある。だがこの場合意味は多分に<自己を批判する>、現代中国語では<自己批判>が正しいか。

この後に<知足者富>が出てくるが、やや突然の感じがある。なぜならこれに続くのが<強行者有志>という言葉だからだ。しかも<強行者有志>を<強く行う者は(意)志が有る>では無為を説く老子の言葉としてはそぐわない。そのあとの<不失其所者久,死而不亡者壽。>もやや難しいいが、<本来の所(ところ)(状態)を保つ者は長く続き(生き)、(外)身は死んでも中身が滅びない者は長く生きる>とでもなるか。この辺はレトリックがうまく働いていないようだ。しいて知足者富>と前後の関連を探せば、知足者富>として

無理して、努力して満足を得ようとせずに、おのずから(自然に)満足を得ることができる者は本質的に、面的に豊かだ。強行者有志>も行者有志>とすれば無理して、努力して強くなろうとせずに、おのずから(自然に)本質的に、内部から強い者こそ<(本当の)志が有る>と言える。


ブログのタイトルが<Rhetoric, paradox and riddle of Lao Tze>と英語にしたので英語訳を最後に加えておく。

英語版中國哲學書電子化計

He who knows other men is discerning; he who knows himself is intelligent. He who overcomes others is strong; he who overcomes himself is mighty. He who is satisfied with his lot is rich; he who goes on acting with energy has a (firm) will.
He who does not fail in the requirements of his position, continues long; he who dies and yet does not perish, has longevity.

英訳として手もとにある TAO TE CHING, The definitive edition; LAO TZU Translation and Commentary by Jonathan Star (Jeremy P. Tarcher / Penguin) からも引用しておく。

One who knows others is intelligent
On who knows himself is enlighened

One who conquers others is strong
One who conquers himself is all-powerful

One who approaches life with force
surely gets something
One who remains content where he is
surely gets everything

One who gives himself to his position
surely lives long
One who gives himself to Tao
surely lives forever



One who approaches life with force
surely gets something
One who remains content where he is
surely gets everything


は順序を逆にして意味をだしているが、無理なところがある。



(追加)

足るを知る心(足るを知る者心豊かなり)
人も世も恨まず。

少しに満足できない者はいくらあっても満足できない。(セネカ)

sptt

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